桜(夜昼)


はらり、はらりと薄紅色の花弁が舞う
その中に、桜の枝に腰掛け盃を傾ける者が一人
己の愛し子が来るのを待つ―…



□桜□



宿題は終わらせたし、お風呂にも入った。

「あっ、若。おやすみなさい」

「おやすみ、つらら」

自室に向かう途中で擦れ違った雪女と挨拶を交わして、僕はようやく床についた。

早く君に会いたい。
君を一人にさせたくはないから。

すぅっと眠りに落ちていくのが分かる。

周囲に闇が広がり、色を無くした母屋が現れる。

《来たか、昼》

その声に、僕はゆっくりと目を開け、布団の中で上半身を越した。

左に首を回して見れば、少しだけ開いた障子から薄紅色の花弁が入ってくるのが見える。

現実の世界ではもう散ってしまった桜が、ここでは時を止めたかの様にいつも咲いていた。

そして、このモノクロの世界にあって唯一、僕と夜以外で色を持っている。

僕は布団から抜け出し、障子を開け放つ。

「夜」

そして、淡く光る桜の木の枝に座り、盃を傾ける夜の元へ足を進めた。

《今日はえらく早いじゃねぇか。何かあったのか?》

僕の目を通して、外の世界を見ようと思えば見えるが、夜は必要が無い限りしないそうだ。

「別に何もないよ。ただ、夜が暇なんじゃないかと思って」

《そうか》

ひらりと桜の木から降りて来たと思ったら、夜は僕の手をとって母屋の方へと歩き出す。

《それなら酒に付き合え》

濡れ縁に腰掛け、どこから取り出したのか夜は新たな盃を僕に渡してきた。

「ちょっ、夜!僕、お酒はまだ飲めないんだけど」

《いいだろ?ここには俺とお前しかいねぇんだ。咎める奴は誰もいねぇ》

「そうじゃなくて…。お酒なら鴆くんと飲みなよ。僕の体貸してあげるから」

まぁ、貸す以前に夜の体でもあるんだから、僕に遠慮せず使って良いんだよ?昼間は無理だけど、夜になれば自由に動けるんだろ?

《分かってねぇな。鴆とはいつだって飲めるからいいんだよ。俺は今、昼と飲みてぇんだ》

こんな機会、滅多にねぇだろ。

そう言われてしまえば反論も出来ず、僕は夜の手で盃に注がれていくお酒をジッと見つめているしかなかった。

夜は自分の盃にも酒を注ぐと、淡く光る桜の木に視線を移す。

《月見酒は無理だが、桜を眺めながらの酒も風流で良いもんだぜ》

「そうだね。じゃぁ、これ一杯だけだからね」

せっかく夜が誘ってくれたんだし…、僕も桜を眺めながら盃に口をつけた。





ひらひらと舞う花弁が、二人を優しく包む。

《心配しなくても俺は一人じゃねぇよ》

昼には強すぎる酒だったのか、眠ってしまった昼の頭を膝の上に乗せ、その髪をさらりとすく。

《お前がここに来なくても、俺はお前の存在をずっと感じてる》

俺を想うお前の心がここには溢れてるから、寂しいと感じた事は一度もない。

夜はふっと笑みを溢して、幸せそうに眠る昼の額にキスを落とした。



end




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